大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)9610号 判決 1984年8月07日
原告
堀秡義雄
被告
田尾清
主文
一 被告は原告に対し、金一五三万三二四五円及び内金一三九万三二四五円に対する昭和五八年七月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一五三三万九〇七四円及び内金一四七三万九〇七四円に対する昭和五八年七月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一)日時 昭和五七年四月二七日午前〇時四五分頃
(二) 場所 大阪市守口市佐太東町一丁目一一七番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五九ほ二六五三号、以下「被告車」という。)
右運転者 被告
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)が北東から南西に向かつて進行して、本件交差点に至つたところ、被告車が北方から左折しようとして本件交差点に進入し、原告車右側部分に衝突した。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告には、被告車を運転して夜間本件交差点に進入して左折進行するに当り、無燈火で、かつ徐行せずセンターラインを越えて大まわりをして左折しようとした過失がある。
3 損害
(一) 受傷、治療経過等
(1) 受傷
頸部挫傷、頸椎骨軟骨症
(2) 治療経過
昭和五七年四月二七日から同年五月八日まで(実日数四日)及び同年九月一七日から同年一〇月七日まで(実日数一四日)通院
(3) 後遺症
右傷害につき頸椎症性頸髄症等の後遺症状が固定し、自賠法施行令別表等級九級に該当した。
(二) 治療費
大阪府立病院 七八一七円
松井整形外科 八七一七円
(なお、その他治療費として三万六四九六円を要し、国民健康保険から支払われた。)
(三) 逸失利益
(1) 休業損害
原告は、本件事故当時五七歳で、個人タクシー運転手として一日平均一万二六六一円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和五七年六月一日から同年一〇月四日まで充分な就労ができず、その間一一六万二四九四円の収益があつたのみで左記算式のとおり四三万二七九二円の収入を失つた。
(算式)
一万二六六一×一二六-一一六万二四九四円=四三万二七九二
(2) 後遺障害に基づく逸失利益
原告は前記後遺障害のため、その労働能力を三五パーセント喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は七〇歳に達するまでの一二年間と考えられ、その間平均四六二万一二六五円の年収を得られたはずであるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり一四九〇万九七四八円となる。
(算式)
四六二万一二六五×九・二一八一×〇・三五=一四九〇万九七四八
(四) 慰藉料
通院分 四三万円
後遺症分 四一七万円
(五) 弁護士費用 六〇万円
4 損害の填補
原告は自賠責保険金五二二万円の支払を受けた。
5 よつて、原告は被告に対し、損害賠償金一五三三万九〇七四円及び内弁護士費用を除く金一四七三万九〇七四円に対する本件不法行為の日後の昭和五八年七月二〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。
2 同2(一)は認めるが、(二)は争う。
3 同3は不知。本件事故により原告主張のような重大な傷害が発生したことは否認する。原告は重い糖尿病にかかつていた。
4 同4は認める。
三 被告の主張
1 示談の成立
本件交通事故については、原告、被告間に昭和五七年五月一五日、示談(以下「本件示談」という。)が成立して、一切解決済である。
2 過失相殺
本件事故の発生については原告にも右方向を注視して徐行することを怠り、時速約三五キロメートルで進行した過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
四 被告の主張に対する原告の答弁
1 被告の主張1は認める。しかしながら、原告は、本件事故直後頸部挫傷が発現し、治療の結果右症状が軽減したので本件示談を締結したところ、昭和五七年六月初めころから腰部、大腿部にいたみ、かゆみが発現し、同年九月一七日から再び医師の治療を受けるようになつたものであり、右六月以降の症状は本件示談締結当時存在せず、予測もできなかつたものであるから、本件示談の効果は昭和五七年六月以降明らかになつた損害については及ばない。
2 同2は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求原因1(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがなく、(五)の事故の態様については後記五1で認定のとおりである。
二 責任原因(運行供用者責任)
請求原因2(一)の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
三 本件示談について
被告の主張1のとおり、原、被告間で本件示談が成立したことは当事者間に争いがなく、被告は、これによつて本件事故については一切解決済であると主張し、他方、原告は、本件示談の効果は、昭和五七年六月一日以降明らかになつた損害には及ばないと主張するので、この点について判断する。
1 成立に争いのない甲第一号証、第一〇号証の四、五及び乙第一号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証、第四号証、第七号証及び第一三号証、証人浜田博朗の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
原告は、昭和五一年二月ころ右神経性難聴(突発生難聴)に罹患し、通院治療を受けたことがあつたが、タクシーの運転手として稼働してきて、前記のとおり昭和五七年四月二七日本件事故が発生し、当日行岡病院にて治療を受け、治療見込七日間の頸部挫傷と診断され、自覚症状として唾液分泌減少等を訴え、他覚的所見としては頸の運動制限が認められ、同日から同年五月四日までの間に四日通院して治療を受けたところ、右症状は次第に軽減し、再びタクシー運転手として稼働することもできるようになつた。そこで原告は、同年五月一九日、後日本件受傷の後遺症または余病が発現するかも知れないとは全く思わずに、当時の治療費全額、休業損害二三万七四〇〇円、慰藉料三万八四〇〇円、原告車修理費及び休車補償等として合計三七万二一二四円を支払うこと等を内容とする本件示談を成立させた。ところが、その後同月下旬ころから、両大腿部に痛みや圧迫感を生じ、さらに腰痛、頸部痛が発現するようになり、同年六月からは一か月の内一一日ないし一四日間しか稼働できなくなつてしまつたので、同年九月一七日、松井整形外科にて受診したところ、頸椎骨軟骨症による両下肢シビレ及び左上肢脱力と診断され、さらに同月二五日からは大阪府立病院にて受診したところ頸部挫傷及び腰部挫傷後遺症と診断され(本件事故との因果関係については後記四3のとおりである。)、同年一〇月六日ころ後遺症状が固定した。
なお、原告は、右後遺症につき自賠責保険手続上、昭和五七年一一月初めころ、一旦自賠法施行令別表等級一四級に該当すると認定され、さらに昭和五八年五月九日に同九級に該当すると認定された。
2 右認定によれば、本件示談は、本件事故発生日から二〇日後に、本件事故直後に発現していた頸部の傷害が軽快した時点で締結され、その際、原告は後遺障害が発現することを予測していなかつたところ、その後約半月してから前記のとおり両大腿部等に異常が発現し、後遺症状も固定し、後記のとおりの損害を被つているのであるから、本件示談によつて原告が放棄した損害賠償請求権は、前記頸部挫傷に基づき昭和五七年五月末日までに現に発生した損害についてのみであり、同年六月一日以降の前記症状及び後遺症に基づき発生した損害には本件示談の効果は及ばないものと認められる。
四 損害
1 治療費
原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三号証及び第五号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告の前記受傷につき昭和五七年六月一日以降の治療費として五万三〇三〇円を要し、内一万六五三四円を原告が支払い、残りの三万六四九六円が国民健康保険から支払われたことが認められる。
2 逸失利益
(一) 休業損害
原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第六号証、第七号証、第一〇号証の一八、第一七号証の一ないし二三、第一八号証の一ないし一二、第一九号証の一ないし九、第二〇号証の一ないし一一及び第二一号証の一ないし一三並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
原告は、本件事故当時五七歳で、個人タクシー運転手として稼動していたが、本件事故前の昭和五七年一月一日から同年四月二六日までの一一六日間に合計一四九万一二三〇円の運賃収入を得ていた。右タクシー運転のためには燃料費として夏期には約一〇万円、冬期には約四万円を要し(平均一か月当り七万円)また一か月二万五〇〇〇円の雑費を要する。従つて、原告の本件事故時の実収入は左記算式のとおり一日当り九六八九円である。
(算式)
一四九万一二三〇÷一一六=一万二八五五(端数切り捨て、以下同じ。)
(七万+二万五〇〇〇)÷三〇=三一六六
一万二八五五-三一六六=九六八九
原告は、本件事故発生日である昭和五七年六月一日から前記後遺症状の固定した同年一〇月六日までの一二八日間十分就労することができなかつたが、前記受傷の程度、治療状況等諸般の事情を考慮すれば、右得べかりし実収入の内三〇パーセント相当の逸失(左記算式のとおり三七万二〇五七円となる。)につき本件事故と相当因果関係のある休業損害と認めるのが相当である。
(算式)
九六八九×一二八×〇・三=三七万二〇五七
(二) 後遺障害に基づく逸失利益
前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、その労働能力を三五パーセント喪失したものと認められるところ、原告の就労可能年数は昭和五七年一〇月七日から九年間と考えられるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり九〇〇万八七三五円となる。
(算式)
九六八九×三六五×〇・三五×七・二七八二=九〇〇万八七三五
3 寄与率による算定
前掲甲第六号証及び証人浜田博朗の証言によれば、原告を診察した大阪府立病院医師浜田博朗は、原告の症状が本件事故後一旦は軽快しながら再び発現し、しかも次第に重くなつていくのは交通事故に基づくものとしては特異な症状であること、原告は、頸椎骨及び椎間板に加令的変化が生じていることが認められること、原告の前記症状は本件事故による外傷に基づくことは否定できないけれども、自己の右退行性変性にもよると考えていること、なお、同病院での検査の結果では原告は、糖尿病ではないこと、が認められる。
以上認定の本件事故の態様、程度、本件事故前後の原告の体調、症状の発現状況、治療経過等を考え合わせると、原告が本件事故後訴えている症状は、原告の体質的素因の影響と本件事故によるものとが競合して発生したものというべきであり、原告の右傷害及び後遺症状発現に対する本件事故の寄与率は五五パーセントと認めるのが相当である。
右治療及び逸失利益の合計額九四三万三八二二円に前記本件事故の寄与率を乗ずると五一八万八六〇二円となる。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、前記本件事故の寄与度その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は、二二〇万円とするのが相当であると認められる。
五 過失相殺
1 いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の九、乙第八号証ないし第一二号証、弁論の全趣旨により原告主張のとおりの写真であると認められる(複写体が原告車であることについては争いがない。)検甲第一及び第二号証並びに原告及び被告(後記採用しない部分を除く。)各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
本件交差点は、南北に通じる幅員六・五メートルの道路と、北西方に通じる車道幅員三・八メートル、歩道幅員一・七メートルの道路、北東方に通じる幅員四メートルの道路及び南東方に通じる幅員四・五メートルの道路とが交差している変形交差点であり、右南北に通じる道路は最高速度が時速二〇キロメートルに規制されている。本件事故当時、被告は、被告車を運転して、右北西に通じる道路を本件交差点に向かつて進行してきて、本件交差点の手前約六・七メートルの地点で一旦停止し、前方の横断歩道を南から北に横断する歩行者の通過を待つた後発進し、本件交差点西詰の地点で再び停止し、前照灯を消したまま、左折の合図をし右側(南方)のみを注視して発進し、時速約五キロメートルでいわゆる大まわりをして本件交差点内に進入したところ、左前方約七・一メートルの地点に進行してくる原告車を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、被告車右前部を原告車右側部に衝突させた。他方、原告は、前記南北に通じる道路を本件交差点に向かつて時速約三五キロメートルで南進走行してきて、右前方約六メートルの地点に進入してくる被告車を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず衝突した。
被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右認定によれば、被告には、被告車を運転して夜間本件交差点に進入して左折進行するに当り、前照灯を点灯したうえ、左方の車両の動静に注意し、その進行を妨げることのないような方法で走行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前照灯を消したまま、左方を注視することを怠り、いわゆる大まわり左折をした過失があり、他方、原告にも、原告車を運転するに当り、前方を注視して安全な速度に減速して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然制限速度を超過する時速約三五キロメートルで本件交差点に進入した過失があると認められる。
3 右認定の原、被告双方の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の一割を減ずるのが相当と認められる。
従つて、前記損害額七三八万八六〇二円から一割を減じて原告の損害額を算出すると六六四万九七四一円となる。
六 損害の填補
請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。
治療費の内三万六四九六円が国民健康保険から支払われていることは前記四1のとおりである。
よつて、原告の前記損害額から右填補分五二五万六四九六円を差引くと、残損害額は一三九万三二四五円となる。
七 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は一四万円とするのが相当であると認められる。
八 結論
よつて、被告は原告に対し、一五三万三二四五円及び内弁護士費用を除く一三九万三二四五円に対する本件不法行為の日後である昭和五八年七月二〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川誠)